【特集】五輪金メダリストの講義




 1月19日、千葉・勝浦で行われた「アテネ五輪強化対策研究会」での、五輪金メダリストの講義の内容(要約)は下記の通り。


 富山英明(84年ロサンゼルス五輪フリー57kg級金メダリスト)

 
「20歳で世界選手権に初出場(1978年)。無敵だった高田さんがフォール負けし、レスリングの恐ろしさを感じて身震いがした。自分は3位くらいでいいと思っていたが、高田(裕司)さんが負け、『おまえしかいない。伝統を守れ!』と言われた。そういう意識になって、普通以上の力が出た。自分のために頑張る、という意識では不足だと思う。

 世界で勝つ人は、世界で勝つトレーニングをしているが、五輪決勝は普通ではないムード。五輪で勝つには、ほかに何かがいる。ここで、いかに冷静でいられるかが勝負だ。試合前に相手とあいたいして、相手の後ろの人の顔がしっかり見えた。これで勝てたと思った。

 世界で勝つには、自分だけのレスリング哲学を持たなければならない。明日からがんばろう、では駄目。きょうできることは、きょうのうちにやる、という気持ちでやっていくことが必要だ」


 佐藤満(1988年ソウル五輪フリー52kg級金メダリスト)

 「日体大に進み、世界チャンピオンの高田(裕司)さんの練習を見て、これが世界一になる練習かと思った。ロス五輪の前に高田さんがカムバックし、『駄目だな』と思ってしまった。予選(第3次選考会)で勝ったものの、それでも自信はなかった。最終選考会の前にけがし、『これで負けても仕方ない』と思った。気持ちを強く持てなかったことに後悔が残った。五輪の金メダルを目標に戦わなければならなかった。

 その後の3度の世界選手権は、3度とも先取点を許してしまって1敗を喫し、優勝できなかった。それでも自分こそが世界一だと思っていたし、ソウルで金メダルを取るという気持ちだった。走ることでも、すべてトップを狙ったし、マットの上でも日本で一番の練習を目指していた。本当に練習をやった、という実感があった。

 ソウル五輪のマットでは全く不安はなかった。『絶対にオレが金メダルを取るんだ』という気持ちが大事。多くの人が応援してくれることを幸せに感じ、それにこたえるために堂々とした試合をしてほしい。それには練習だ」


 宮原厚次(84年ロサンゼルス五輪グレコ52kg級金メダリスト)

 
「柔道からレスリングの方が向いていると分かり、自衛隊に取ってもらった。平山さん(紘一郎=当時コーチ)から『キャリアがないんだから練習しかない』と言われ、必死に練習した。

 試合に負けて海外遠征のチャンスを逃したが、そのままでは終わりたくなかったので自費で参加させてもらった。初戦でバッティングでけがをしたが、次の試合で接戦ながら勝て、これが自信になった。コーチは(相手は組むと強いから)組むな、と言ってきたが、組んで勝つことができ、逃げ回るより正々堂々と戦うことを覚えた。

 国内では佐々木さん(文和)さんに完敗したが、弱点を発見し、必死になって取り組んで1年がかりで勝てるようになった。今は海外遠征が多くできる時代。何かのきっかけがあれば、大きく伸びる」


 高田裕司(76年モントリオール五輪フリー52kg級金メダリスト)

 
「八田(一朗)会長の教えはユニークで面白かった。ライオンとにらめっこしたり、沖縄までハブとマングースの闘いを見にいったり、夜起こされて点呼をとってすぐに寝ろ、とか。当時はばかばかしいと思ったが、そのすべてに意味があったと思う。偉大なる指導者だったと思う。今回、こうした合宿を行ったのは、みんなに頑張ってほしいということ。その気持ちを理解してほしい。

 きょう、ここにいる3人(富山、佐藤、宮原)は成長の過程をよく知っている。みんな個性があったが、レスリングに対する素直さと五輪で金メダルを取るんだという気持ちがあった。そうした気持ちを持ってほしい。(五輪出場資格のかかる)ことしの世界選手権から勝負。どうか、勝つ意識を持って戦ってほしい。

 だが、今のままでは世界で勝てない。昨年の全日本選手権では誰もが下の選手に追い上げられている。練習方法が間違っている。変えてほしい。自分は、スパーリングで下のヤツにポイントを取られたら、半殺しに目にあわせたが、それくらいの気持ちをもって日ごろの練習に取り組んでほしい。満足することなく、常に危機感をもっていればそうなるはずだ。下から追われる怖さに気がついてほしい。

 世界で勝つには「心・技・体」が必要。これを身につけるのは毎日の必死の練習だ。みんなと同じ練習は楽。自分ひとりでやる練習が一番苦しい。これが必要だ。彼女がいても、『練習するまで待ってくれ』と言うくらい、常に練習のこと、体重のこと、レスリングのことを頭から離してはいけない。

 いろんな世界チャンピオンを見てきた。メチャクチャなチャンピオンもいた。だが、やる時は必死になってやった。夜遊びしても、きつい練習に取り組んでいた。メチャクチャなコーチもいて、「コーチをぶっ殺してやる」という選手もいた。コーチとの闘いでもあった。そのくらい真剣勝負の毎日だった。

 世界一を目標にし、常に下が崖であることを意識し、人の見ていないところで練習することを念頭においてがんばってほしい。

 女子の個人では、過去6人しか五輪の金メダリストはいない。金メダルを取れば歴史に残る人間になれる。ぜひ、歴史に残る選手になってほしい。男子も、相手は世界であることを意識し、がんばれば必ず復活できる。





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