「このメダルは家族の宝物」2年ぶりに世界女王に返り咲いた正田絢子(網野クラブ)

shouda

 当たり前のことだが、レスリングは個人競技。誰もが己が一番になることを考えて試合に臨む。だが、試合場に上がるまでには、様々な形で選手はサポートを受ける。正田絢子(網野クラブ)にとって、今回の大会ほど周囲のサポートのありがたみを感じた大会はなかった。誰よりも応援してくれた弟との死別、そして昨年の世界選手権で準々決勝敗退…。ライバルと目す伊調馨への挑戦、敗北によって、最大の夢である、オリンピックの道も閉ざされることとなった。実際に正田は「昨年の世界選手権が終わって、すべてが終わったと思った」と語っている。

 それでも正田が挫けずに、もう一度戦闘モードに入れたのは、自分の無理を聞いて、練習に付き合ってくれた網野クラブの後輩たちや「レスリングこそが絢子の生きる道」と心配し、激励してくれた両親の存在があったからだ。サポートしてくれた人たちに恩返しするためにも、正田はこの世界選手権に懸けた。

 世界選手権を三度制している正田。59㎏級に関しては2連覇という実績もあるため「この階級は私の階級」という自負があった。だから、欧州選手権4年連続王者のナタリア・ゴルツ(ロシア)が55㎏級から階級を上げて臨んできても正田は堂々としていた。

 決勝にはそのゴルツが勝ち上がってきた。試合開始と同時にゴルツは正田をがぶる。上からプレッシャーをかけられても、正田は焦ることなく勝機を伺った。「私には持ち味のパワーがある、飛行機投げだってある」という強気な気持ちで自分を奮い立たせた。ゴルツにしても、想像以上にパワーの差を感じたに違いない。ブレイクの後、またもゴルツが、がぶって上から煽ってくるものの、正田がじわじわと右に回り込み、チャンスをうかがう。テイクダウンに成功してバックに回り込んでまずは1ポイント先制。続いてニアフォールの体勢にもっていき、2ポイント加点。パワーの差は歴然で、ここから正田は一気にフォールを奪ってみせた。


■正田絢子コメント 「やりました! この涙はうれし涙です。去年の世界選手権で負けて、オリンピックの出場権も逃してレスリングをやめようと思ったのですが、続けてよかったです。今回の優勝は自分のレスリング生活の中で一番幸せです。応援に駆けつけてくれた網野クラブのみんなには、迷惑もかけたし、両親には心配もかけましたが、これで恩返しできたと思います。優勝できてホッとしました。新海(真美)選手が負けてしまったことで、余計に負けられない気持ちになりました。無様な格好も見せたくなかったですから。日本勢全階級メダル獲得という目標に貢献できたと思います。これでレスリングをやめるというわけではないのですが、一度、外から見つめてみるというのもレスリングを学ぶ一つの手段でもあると思うので、一度シューズの紐を緩めたいと思います。今までがずっと締めっぱなしでしたから。このメダルは家族の宝物の一つにさせていただきます。」

(取材・文/三次敏之 撮影/矢吹建夫)



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