【ブルガリア遠征総評】新生全日本に、志の高さと力強いエネルギーを見た!【2009年2月17日】



 両スタイルで「金2個・銅4個」。前週のフリースタイル「ヤシャ・ドク国際大会」(トルコ)を入れれば、3大会で「金4個・銀1個、銅4個」。グレコローマンでもう1大会残っているが、ここまでの新生全日本の初陣としては上出来の結果だった冬の遠征。

 その結果以上に筆者がうれしかったのは、メダルを取った選手への取材で、選手から喜びの気持ちがほとんど伝わってこなかったことだ。グレコローマン120kg級の中村淳志選手の表情がちょっぴり(本当に「ちょっぴり」)ゆるんでいた以外は、かなりの“誘導尋問”を仕掛けたが、なかなか喜びの言葉が出てこない。

 金メダルを取った長谷川恒平選手(グレコローマン55kg級)、稲葉泰弘選手(フリースタイル55kg級)でさえもそうで、大学3年生で全日本遠征に初参加して銅メダルを取った前田翔吾選手(フリースタイル60kg級)からも、出てくるのは反省の言葉ばかり。

 この種の大会の優勝で手放しで喜ぶとは思っていなかったが、国際大会での優勝やメダル獲得は特筆もの。もう少し喜んでもいいのでは、という気持ちがある。しかし、この“無感動”こそが、選手の定めている目標の高さに他ならない。練習の一環としての大会、しかもロシアをはじめとした旧ソ連がほとんど出ていない大会での優勝やメダル獲得では、喜んでいられないとった意志がありあり(右写真=全日本チームが燃えた体育館)

 今のチームの選手なら、旧ソ連の選手が大量に参加した大会での優勝であっても、それが世界選手権でない限り喜びの表情は浮かばないかもしれない。もしかしたら、世界選手権で優勝してもマットを降りる時には五輪金メダルを目指すチャレンジャーの顔になっているかもしれない。そんなことを感じさせてくれた選手たちの志(こころざし)の高さだった。

■コーチと選手が活発なコミュニケーション!

 もうひとつ、新生全日本の頼もしいシーンを見せてもらったのは、試合が終わったある選手がコーチと激しく言い争いをしていたことだ。思わず「ケンカするなよ」と間に入りたくなるような熱さ。聞き耳を立ててみると、試合での戦法をめぐってお互いの意見をぶつけ合っていた。

 タテ社会の名残りのある日本のレスリング界(スポーツ界)では、あまり見かけない光景だったが、これが正しい姿だ。これも、強くなるためのコーチと選手の熱き思いの表れだと思う(左写真:元木康年監督=前列左端=率いるグレコローマン・チーム)

 フリースタイルの田南部力監督も、アテネ五輪の前に当時の和田貴広コーチと激しい口論をしたことがあるという。あるレベル以上になると、コーチの言うことを「はい、はい」と聞くような素直な選手では勝てないと言われる。オリンピックでメダルを取るような選手は、例外なく自分の主義主張があり、信念を持っている。それをコーチにとことんぶつけることは、反抗でも何でもない。

 コーチが結果論で「なんだ、あの攻撃は!」「なんでもっと積極的に攻めないんだ」と言うことは簡単で、誰にでもできる。それでは選手の強化にはつながらない。上の意見を一方的に押し付けることは論外。選手の意見に耳を傾け、その意見に間違いがあれば指摘し、方向が正しければそれを生かすための指導をするのがコーチの役目。

 選手とコーチとが10歳も15歳も離れていたら、そうそう言えないと思う。最近まで同じ選手として汗を流していた“先輩”なればこそ、思ったことをすべてぶつけられる。若いコーチを大量に入れた佐藤満強化委員長のもくろみは、正しく回転している。

■北京五輪代表選手には引導を渡せ!…田南部監督が熱きゲキ

 最後に心を打たれたのは、田南部力監督の「もう北京五輪の代表選手なんて相手にするな。ロンドン五輪を目指す選手で新しい時代をつくるんだ」という選手への激励だ。55kg級の湯元進一選手が3位決定戦で2007年世界2位の選手と闘う前、「プレッシャーがかかるかもしれないが」としながら、あえて伝えた言葉。全試合終了後の打ち上げ会でも、同じ言葉を全選手に伝えた。「国内でもだぞ」という言葉を付け加えて(右写真:田南部力監督=前列左から2番目=率いるフリースタイル・チーム)

 力強い言葉だった。勝つためには、過去の実績に惑わされてはならない。70に力が落ちた選手を、100の力があると思いこんでしまっては、勝てる相手でも勝てなくなる。70に力が落ちていることを見破るためにも、絶対に弱気になってはならない。湯元選手は田南部監督の期待にこたえ、世界2位の選手を撃破。「次にやっても勝てる」と言い切った。もう主役は交代している。昨年の世界トップは、今年の世界トップではない。

 「おまえ達が主役なんだ」という田南部監督の熱き言葉を、選手はしっかりと受け止めたことと思う。チームの熱さに心が高ぶった筆者は、最後にあいさつを求められ、僭越(せんえつ)ながらこう伝えた。「アジア選手権で優勝しても、喜びはその一瞬だけにしてほしい。そんなことでは満足せず、さらに上を目指してほしい」―。

 今月末のグレコローマンの「ハンガリー・グランプリ」で海外修行を終え、5月のアジア選手権を目指す全日本チーム。その舞台で、体いっぱいに喜びを表す選手など、見たくはない。

(文・写真=樋口郁夫)


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