【特集】佐藤満強化委員長の秘蔵っ子、稲葉泰弘(男子フリー55kg級=警視庁)が欧州遠征で金メダル宣言【2009年1月31日】



 佐藤満強化委員長(専大教)の下、第2回の全日本合宿が1月24日から28日まで東京・ナショナルトレーニングセンター(NTC)で行われた。今年9月の世界選手権(デンマーク・ヘルニング)で1981年の朝倉利夫以来の世界チャンピオン輩出(世界一は1988年ソウル五輪の佐藤満、小林孝至以来)を目指している全日本コーチ陣だが、その候補に佐藤委員長が大学時代から手塩にかけて育ててきた選手がいる。

 フリースタイル55kg級の稲葉泰弘(専大〜警視庁=左写真)だ。2006年のデーブ・シュルツ国際大会で銀メダルを取り、同年のウズベキスタン・カップでも前年世界王者のディルショド・マンスロフ(ウズベキスタン)に善戦しての3位に入賞。大学3年、4年(2006・07年)で連続学生チャンピオンに輝き、若手のホープに成長した。さらに社会人1年目の昨年は世界学生選手権(注・卒業後2年間は出場資格あり)で金メダルを獲得している。センスがいいことから、佐藤委員長が「世界で通用するのは稲葉」と学生時代から太鼓判を押していた選手だ。

■松永共広の壁を越えられず、今は湯元進一の壁に遭遇

 だが、北京五輪の日本代表争いは松永共広(ALSOK綜合警備保障)の壁を超えられず、これまでの天皇杯全日本選手権では2位が最高。松永が欠場した昨年12月の全日本選手権で初優勝を狙ったが、湯元進一(自衛隊)に敗れた。

 それに先立つ9月の大分国体では湯元を破って2連覇を達成し、全日本選手権でのタイトル獲得に期待がかかっていた。しかし全日本選手権での対戦は、第2ピリオドをテクニカルフォールで落とすなど、湯元のガッツレンチに屈してしまった(右写真)

 「全体的にタックルが少なかった。グラウンドで簡単に返ってしまった」と、得意のタックルの不発とグラウンドのディフェンスが手薄になってしまったことを悔やんだ。24日からの合宿では全日本選手権の反省点の改善に励んだ。

 だが、初日の練習試合は3勝3敗。そのうちの2敗は湯元戦で喫したもので、全日本選手権でのリベンジはならなかった。試合は計量なしで行われ、通常65kg近くある湯元に対して稲葉は62kg程度。体重差のハンディが勝敗に響いてしまった形だが、そのハンディを考慮しても、佐藤強化委員長も「根本的にパワーがないよね」と稲葉の弱点を指摘する。

 パワー不足は稲葉自身も弱点と認める。しかし、これ以上体重を増やしてしまうと減量苦になりかねない。55sに落とした時に動けるかどうかが重要なため、稲葉は日ごろから食生活の節制を大事にしているようだ。「体脂肪が意外にある」(稲葉)そうで、究極の肉体改造が今後のカギとなるだろう。

■日本一が世界トップに繋がることを実感した北京五輪

 2012年ロンドン五輪のホープである稲葉だが、北京五輪出場も本気で目指していた。その証拠に、2007年の世界選手権代表を逃した直後は「モチベーションが上がらない」と語り、代表を逃した北京五輪も進んでテレビ観戦することはなかった。だが、その五輪で松永が新旧世界王者を2人も倒し、銀メダルを獲得したことで一つだけはっきりしたことがある。それが、「日本一になれば世界のトップになれる」ということだ。

 2008年は出場した国内大会はすべて決勝に進出。その自信から、2月3日からの欧州遠征では「2大会ともに優勝します」と金メダル宣言も飛び出した。遠征での好成績を6月の明治乳業杯全日本選抜選手権につなげて、デンマーク世界選手権への逆転出場を狙う腹積もりだ。

 自身が所属した大学のコーチが、全日本チームの総指揮を執ることは幸運な巡り合わせと言うべきだろう。最初から全開の佐藤イズムは、稲葉にとって5年前からたたきこまれているもので、初日の練習試合も自然にこなすことができた。自分の考えとコーチ陣の考えがシンクロしている稲葉にとって、全日本合宿での吸収率は高いだろう。「強化委員長が恩師というチャンスを生かさないとね」との問いかけに、稲葉は強くうなづいた。

 ナショナルチームの指揮を8年間執った富山英明前強化委員長(日大教)も、日大時代の教え子、井上謙二(日大〜自衛隊)のアテネ五輪銅メダルと、高塚紀行(当時日大学生)の2006年世界3位という活躍があった。28年ぶりの世界選手権金メダル奪取へ向けて、佐藤強化委員長の秘蔵っ子、稲葉がその一番手に名乗りを挙げる(左写真=全日本合宿で湯元と闘う稲葉)

(文=増渕由気子)


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