【特集】「嫌なら全日本合宿に来なくていい。世界で勝ちたい選手だけが来てほしい」…佐藤満・男子強化委員長に聞く【2009年1月14日】



 2012年ロンドン五輪での24年ぶりの金メダル獲得を目指し、男子の佐藤満体制がスタートした。昨年まで現役だったコーチも数多く加入。若い力で伝統復活を目指す。

 佐藤満・男子強化委員長(専大教=右写真)に、今後の強化方針と計画を聞いた。(聞き手・撮影=樋口郁夫)


■若手の底上げこそがロンドン五輪金メダルの道

 ――2012年ロンドン五輪へ向け、長期的視野から見た強化方針・計画をお聞きしたい。

 「すべてはロンドン五輪で金メダルを取るためにつなげていきます。1年目は選手にオリンピックで金メダルを取るという意識をしっかり持ってもらう。そのため、合宿初日にミーティングをやった。オリンピックで勝つためには、今まで以上の練習が必要。それを各選手が自覚してもらいたい。そのうえで自分を追い込み、実力をアップしてもらう。2年半後の世界選手権(2011年)でひとつの結果を出させたい」

 ――五輪前年の世界選手権の成績が、ひとつのめやす、と。

 「闘いは今年のアジア選手権から始まっている。段階を追って結果を出していきたい。あと、若手選手の底上げが必要。若手選手も参加できる全日本合宿を月2回ペースでやっていきたい。若手の実力をアップさせることで、全日本1、2位の選手の実力アップにつながる」

 ――全日本1、2位の強化だけでなく、若手の強化こそがロンドン五輪金メダルの道だということですね。

 「その通りです」

■全日本2位の選手にも「ウズベキスタン・カップ」参加のチャンスを与える

 ――では、そのスタートとなる今冬の強化計画は?

 「世界で勝つための意識づけのひとつとして、欧州遠征を実施します。ミーティングで伊藤広道コーチ(自衛隊)が選手に『全日本チャンピオンをつくる場ではない』と伝えた。遠征を通じて、あくまでも世界で勝つための意識を身につけてもらいたい。練習と実践で鍛え、5月のアジア選手権(各階級とも全日本1位選手を派遣予定)である程度の結果を出させたい」

 ――4月の「ウズベキスタン・カップ」に全日本2位の希望者を参加させるとなっている。これも世界で勝つための意識づけのため?

 「2番手にも国際大会に参加できるチャンスを与えたい。もちろん、世界に出て勝つために国内の練習でやるべきことをしっかりとやらせたい」

 ――実践と練習をしっかり組み合わせる、と。

 「一番大切なのは各所属での練習だと思います。そのため、各合宿の初日に体力測定や練習試合を組み入れます。きちんとやっていない選手は、ここで分かる。きのう(合宿2日目)体力測定を実施したけれど、選手は緊張していましたよ。こうした緊張感が必要なんです。休日も、ただ漫然と休むだけではダメ。休日でも最低1回は汗をかき、トレーニングしながら疲れをとるといったことが必要」

 ――所属での練習、全日本合宿、実践の3つがうまく組み合わさってほしい。

 「ミーティングで『プライオリティー』という言葉を選手に伝えました。人生の中で何を優先とするかです。今しかできない強化をやらないのなら、もうやめなさい、ということです」

■特別待遇を求めるベテラン選手は、来てもらわなくていい

 ――欧州遠征やウズベキスタンカップは、結果を求めますか?

 「結果より内容です。内容が伴って結果が出てくれれば、それにこしたことはないが、内容のない結果では、いつかは化けの皮がはがれる。攻めて勝ってほしい。全日本選手権で目についたのは、前田翔吾(フリースタイル60kg級優勝=日体大)の攻撃レスリングです。それが世界で通じるのか、まだ足りないのかを肌で感じてきてほしい」

 ――若手が多いだけに、欧州遠征で試すことはたくさんありそうですね。

 「みんな伸びしろは大きいですよ。そのためにも、日頃の地道な練習が必要であり、全日本合宿では所属での練習以上の緊張感をもって練習してほしい。そうすれば、金メダルを取って帰ってくる選手もいると思う」

 ――これまでの全日本合宿でいつも思っていたことですが、若手とベテランとが同じ練習量・内容でいいものかどうか。

 「今のチームにベテランはいないですよ(笑=注・全日本1・2位では28歳が最高。松本慎吾を除く)。ベテランであっても、全日本の練習で体が壊れるようなら、世界でメダルは取れません。全日本チャンピオンになることはあるかもしれませんが。全日本の合宿では、メニュー+αをやってほしい。そのαの部分を、若手が追加の練習であるのに対し、ベテランはマッサージなどのリラクゼーションにあてるべきです。合宿メニューでは特別扱いしない。特別待遇を求めるベテラン選手がいるのなら、全日本合宿に来なくていい。所属で練習して金メダルを目指してほしい。同じ方向を向き、同じ苦しさと闘う選手が全日本チームだ」

 ――それは、けが人に対しても言えるのでしょうか。練習できないのなら、来なくていい、と。

 「けがの度合によるでしょう。走れないけど徹底した筋力トレーニングをやりたいとか、スパーリングはできないけれど技術指導の時は目でしっかり吸収する気持ちがあるのなら来てほしい。全日本合宿に来れば何らかの刺激が得られる。できる範囲の練習をしっかりこなすつもりなら、来てほしい」

 ――見極めが必要になってきますね。練習をやりたくない時、けがを理由に練習のいくつかをパスさせてもらおうとする選手も少なからずいる。

 「嫌なら来なくていいんです。所属でやればいい。世界に出たい、勝ちたい、という思いの選手だけが来てほしい。われわれコーチはそういう選手をサポートします」

■世界選手権代表決定方法の見直しの可能性も

 ――重量級の強化についてはいかがでしょうか。北京五輪までの4年間では、2006年のドーハ・アジア大会に重量級の派遣が見送られ、冬の欧州遠征でも重量級は派遣されなかった。

 「アジア大会で重量級がカットされたわけですが、重量級にも十分にチャンスはあります。荒木田進謙(専大=フリースタイル120kg級)がアジア・ジュニア選手権で優勝し、昨年のアジア選手権では新庄寛和(自衛隊=グレコローマン120kg級)が3位に入った。世界ジュニア選手権で3位にも入っている(昨年の荒木田と平川臣一=グレコローマン120kg級)。重量級カットとは闘います」(左写真=重量級選手を厳しく見つめる松本慎吾コーチ)

 ――具体的な強化方針は?

 「松本慎吾がなぜフリースタイル96kg級で優勝したかというと、ずば抜けた体力があるからです。両スタイル一緒になって体力アップや差し押しの練習などをやらせたい。軽量級とは内容がやや違ってくるとは思います。松本、小平(清貴=警視庁)という重量級のコーチが、まだ十分に体が動くので、自らの経験をもとにいい練習をやらせてほしい」

 ――世界選手権の代表選考方法はいかがですか? 1993年以来、3戦2勝システムが続いていますが。

 「世界で勝つために、少し変える可能性もある。今までは全日本選手権と全日本選抜選手権が選考の対象だった。そこに前年の世界選手権やその年のアジア選手権の成績を入れるのも一案。それらの大会でメダルを取ったことを「1勝」と計算するなどの選考方法を考えています。まだ検討中ですが、世界で勝った価値を日本代表争いに入れていくべきではないかと思っています」

 ――あくまでも結果によっての選考ですか? 柔道でやっているような総合力での選考といったことは?

 「ありません。結果です。クリアな形で日本代表を選びます。あと、世界でメダルを取る選手は試合数を多くこなしているわけです。これから勝ち上がっていく選手は試合数をこなすことが必要。全日本選抜選手権の参加選手数を増やしてもらおうと思っています」

■ジュニア選手の世界選手権視察を復活させたい

 ――学生、ジュニアとの連携は?

 「一貫して強化していきたい。全日本学生連盟の強化委員長(注・これまで佐藤氏が強化委員長)は日体大の安達巧監督に譲りたい。ジュニア担当は和田貴広コーチ(国士舘大職)だが、ともに自分もしっかり見て、時に指導したい。全日本合宿に学生やジュニア選手もできるだけ呼びたいし、以前やっていたようなジュニア選手を世界選手権に視察につれていくことを復活させたい。これはTOTO(サッカーくじ)による予算が削られて中止になっていたが、TOTOの業績が復活してきたので、またできると思う」

 ――全日本チームに若いコーチを大量に入れた。望むことは?

 「現役に近いコーチばかり。選手との練習で感じたことを体と言葉で伝えてほしい。オリンピックを目指したコーチ達で、オリンピックへの熱き思いを持っている。やるべきことを知っているコーチばかりだ。選手とのスパーリングを積極的にやって思いをぶつけてほしい」(右写真=軽量級選手を指導する井上謙二コーチ)


《iモード=前ページへ戻る》
《前ページへ戻る》