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【焦点】熱気欠如の全日本女子チーム! 今こそ必要な闘争心【2010年3月11日】

(文・撮影=樋口郁夫)


 全日程は無理だが、男女を問わず全日本チームの合宿初日は足を運ぶようにしている。「合宿のすべてを見ないで、何が分かるのか」という声も出てくるだろうが、一端は垣間見ることができる。最近は男子の合宿がすごく活発で、各選手の言動から世界のトップを目指そうという気持ちがひしひしと伝わってくる。

 だから、いっそう感じたのだと思うが、今回の女子合宿初日の熱気のなさには、がっかりさせられた。これがワールドカップで4年ぶりの王座奪還を狙い、昨年アゼルバイジャンに奪われた世界選手権の団体優勝を取り返そうとするチームの練習なのか。

 スパーリングは、栄和人・女子強化委員長(中京女大教)があえて全日本の1位同士、あるいは1位と2位が積極的に当たるように選手に要求した。その方針は間違っていまい。しかし、それによって、若手選手達の“やる気のなさ”が浮かび上がった形だ。

■恐ろしいほどの“静寂”の中でスパーリング!

 最初、この熱気のなさは選手数(約40人)に対して場所(6面マット)が広すぎるからだろうかと思った。よく観察してみると、そうではない。スパーリングの合間に練習している選手がほとんどいないことが原因のようだった
(右写真=スパーリングの合間に多くの選手が壁際で“観戦”している女子合宿)

 今の男子の練習では、そんなことは絶対にない。自分のスパーリングが終わっても、マットの隅で構えの練習をしたり、だれかをつかまえて組み手の練習をしたり…。そうでなくても、マットの周りをジョッグして呼吸を整えたりし、絶えず多くの選手が動いていて、次のスパーリングの番を待っている。それがチームの熱気へとつながっている。

 補強トレーニングがきつく、選手の口から「死ぬかと思いましたよ」といった言葉を聞いたこともある。佐藤満・男子強化委員長(専大教)に「プロの格闘家は、だれ一人としてこの練習についてこられないな」と話したことがあるが、同委員長は自信たっぷりに「ついてこれませんよ」と言い切った。

 200人もの選手が集まった先月の学生選抜&NTS中央研修との合同合宿の時に、「こんなに大勢いたら、さぼろうと思えばいくらでもさぼれるね」と聞いたところ、「そんな意識の人間はここにいません」ときっぱりと言い返された。しっかりと見ていたが、確かにスパーリングの番の奪い合いが随所で見られた。高校選手からの申し入れを断って、全日本選手相手とだけ練習していた全日本選手もいた(時には高校選手の熱意に押されてやっていたと思うが…)。

 「嫌なら、来なくていい」「全日本王者を目指す全日本チームじゃない。世界で勝ちたいと思う選手だけが来てくれ」という“佐藤イズム”は、取材する側として頼もしいこと、このうえない
(左写真=男子の全日本合宿。スパーリングの脇で選手が自主練習している。これが普通の光景!)

■練習終了後、栄和人強化委員長が怒りの居残り特訓を命令

 ところが今回の合宿は、マットの上で7〜8組がスパーリングをしていて、それ以外の選手は壁際でそれを見ているだけ。時にだれかが掛け声を出すことはあっても、“静寂”の中で練習が行われている状況で、熱気が伝わってこない。

 2分3ピリオドのスパーリングを本気になってやったら、そのあと、じっとしていられるものだろうか。動きながら呼吸を整えなければ、かえって体がきついはず。スパーリングのあと、すぐに壁際で他人のスパーリングを見ることができるということ自体、心拍数が上がっていない内容のスパーリングだという何よりの証拠だと思う。

 こんなに“静”の多い合宿なら、女子のボクサーやキックボクサーでも、総合格闘家でも、空手家でも、いや格闘技以外の選手でも耐えられるだろう。佐藤委員長に聞いた言葉を、栄委員長に聞こうという気持ちにはなれない。

 こんなことでいいのかと、練習終了後に栄委員長に問いただそうと思ったところ、栄委員長も同じことを思ったようで、選手を集めてカミナリを落とし、居残り練習を強制した(合宿スタートの記事参照)。栄強化委員長は選手に「(世間一般では)レスリングは女子がすごいと言われているが、男子の方がずっとすごい練習をやっている」と伝えた。若手選手の育たない状況に強い危機感を持っているのは間違いない。

■闘いは練習の時から始まっている

 栄委員長は「上の選手を追い越そうという気持ちがまったく感じられない。オリンピック選手以上の練習をせずに、オリンピック選手に勝てるか」とも話した。一番手と二番手以下との実力差が開きすぎてしまい、最初から諦めの気持ちがあるがゆえの状況なのかもしれないが、若手が自分よりも練習していないと分かれば、トップ選手も安心してしまう。

 若手選手が、直接対決(スパーリング)は言うに及ばず、間接的にも自分の実力アップをアピールすることで、トップ選手は言いようのない恐怖を感じるもの。練習で「あの選手は常に動いていて、私よりスタミナがあるかも」と思わせることも必要で、逆に「私より練習していない」となれば、絶対の自信を持たれてしまい、いつまでたっても実力差は縮まらない
(右写真=スパーリングの合間にスクワットをする浜口京子。若手選手からこんなシーンは見られなかった)

 栄委員長は現役時代の最後に安達巧選手(日体大前監督)の猛追を受けた。両者は同じ道場で練習していたが、栄委員長は当時、「(安達は)スパーリングでいい技が決まる度に、こちらを振り向くんだよ。ニヤリと笑っているようにも見えるんだ」と話し、練習の時から“熱き挑戦状”をたたきつけられていた。こうした積み重ねがあればこそ、安達選手がバルセロナ五輪で日本代表の座を奪うことができたのであり、試合の時だけが勝負の場ではないのである。

 今の女子チームに、直接・間接を問わず、五輪代表選手に自分の実力をアピールし恐怖心を持たせようとする選手がいるだろうか。吉田沙保里が山本聖子の壁に挑んだ時のような闘争心を持ってマットに上がっている選手がいるだろうか。五輪代表選手に対し、最初から諦めている選手ばかりに見える。

■クリッパン女子国際大会カデットで金6個の日本だが、将来へつながるか

 クリッパン女子国際大会(スウェーデン)では、カデットで6選手が優勝し、この世代における日本の実力を世界に見せつけた。だが、この成績が将来へつながるとは考えないようにした。「五輪選手は私が引きずり落とす」という気持ちを持っていなければ、絶対に五輪で金メダルは取れない。今回の優勝選手が、その気持ちを持っているかどうか分からないからだ(願わくば、その気持ちを持って全日本トップ選手に挑んでほしい)。

 「女子の指導は難しいんだよ」とは、五輪チャンピオンのべ4人を含め、何人もの世界チャンピオンを育てた栄委員長の言葉。これだけの女子指導のキャリアを持っていても、厳しさと優しさの配分が分からなくなる時があるらしい。一方で「だから、やりがいを感じるんだけどね」とも言う。ここは栄委員長の指導手腕に期待したい。熱気ある全日本女子チームの合宿を、ぜひとも見せてほしい。


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