【特集】“不滅の金字塔”への挑戦! 吉田沙保里の“カレリン超え”の可能性を探る【2010年2月15日】

(文=樋口郁夫)



 本ホームページ既報の通り、国際レスリング連盟(FILA)が「WRESTLING NEWS」第3号のトップ記事で日本の吉田沙保里選手(ALSOK綜合警備保障=左写真)を特集。五輪・世界選手権・大陸選手のいわゆるメジャー国際大会で15度の優勝を高評価。「メジャー国際大会で無敗」との記述をしている。

 2008年のワールドカップで唯一の国際大会黒星を喫している吉田だが、ワールドカップは団体戦。「吉田の連勝記録は継続中と考えるべきでは?」との声が挙がった。

 五輪2度を含めて世界を8度制したアルセン・ファザエフ(ソ連〜EUN〜ウズベキスタン)は「小さな大会ばかりに出て1年間で50連勝するのと、世界の大きな大会ばかりで5年間で50連勝するのとは、同じ価値にはならない。私の誇りは連勝ではなく、世界トップの大会でも7年間負け知らずだったこと」と話しており、大切なのはメジャー大会での勝利、優勝なのかもしれない。

 調べてみると、吉田は連勝記録のみならず、多くの記録で、不滅の金字塔と思われていたアレクサンダー・カレリン(ロシア=右写真)の記録を抜く可能性があることが分かった。

 レスリング界のみならずスポーツ界において、不滅の金字塔へ突き進む吉田の記録への挑戦を紹介してみたい。

※文中で「推定」とあるのは、詳細記録が分からない大会があるため、勝利数を推定で判断したものです。ソ連〜EUN〜ロシアにまたがる選手の国名については、その選手の最も活躍した時の国名を明記しました。


■五輪+世界選手権の優勝記録

 トップはアレクサンダー・カレリン(ロシア)の12度(五輪3度・世界選手権9度)。2位がアレクサンダー・メドベジ(ソ連)の10度(五輪3度・世界選手権7度)、3位がブバイサ・サイキエフ(ロシア)の9度(五輪3度・世界選手権6度)。

 吉田沙保里は現在9度(五輪2度、世界選手権7度)。今年の世界選手権で優勝すれば歴代2位タイとなり、来年の優勝でカレリンに「あと1」と迫る11度。2012年ロンド五輪でカレリンと並び、2013年世界選手権(実施されれば2012年世界選手権)で13度の優勝となって歴代トップとなる。

《五輪+世界選手権の優勝回数》
No. 選 手 名(国 名) 階   級 優勝回数 内   訳
アレクサンダー・カレリン(ロシア) グレコローマン130kg級 12度 五輪3・世界9
アレクサンダー・メドベジ(ソ連) フリースタイル・ヘビー級 10度 五輪3・世界7
ブバイサ・サイキエフ(ロシア) フリースタイル74kg級ほか 9度 五輪3・世界6
吉田沙保里(日本) 女子55kg級 9度 五輪2・世界7
セルゲイ・ベログラゾフ(ソ連) フリースタイル57kg級ほか 8度 五輪2・世界6
アルセン・ファザエフ(ソ連) フリースタイル68kg級 8度 五輪2・世界6
バレンチン・ヨルダノフ(ブルガリア)  フリースタイル52kg級 8度 五輪1・世界7

■五輪+世界選手権の連続優勝記録

 これもアレクサンダー・カレリン(ロシア)の「12年連続」にかなう選手はおらず、吉田の9大会連続優勝」は歴代2位の記録。

 続くのはセルゲイ・ベログラゾフ(ソ連)の8大会連続優勝(ソ連が不参加した1984年ロサンゼルス五輪を除く)が続き、マハーベック・ハダーチェフ(ソ連)と伊調馨の7年連続が続く。いずれもストップしている記録。現在はルールの影響もあるかもしれないが、3年連続優勝すら難しい時代。カレリンの記録を破る可能性を唯一持っているのが吉田ということになる。

《五輪+世界選手権の連続優勝記録》
No. 選 手 名(国 名) 階   級 連続優勝回数 備  考
アレクサンダー・カレリン(ロシア) グレコローマン130kg級 12回連続(1988〜99年)  
吉田沙保里(日本) 女子55kg級 9回連続(2002〜継続中) 2008年は五輪と世界選手権で優勝
セルゲイ・ベログラゾフ(ソ連) フリースタイル57kg級ほか 8回連続(1980〜88年) ソ連が不参加だった84年ロス五輪を除く
マハーベック・ハダーチェフ(ソ連) フリースタイル90kg級 7回連続(1986〜92年)  
伊調馨(日本) 女子63kg級 7回連続(2002〜08年)  

■五輪+世界選手権での連勝記録

 何連覇も達成している選手のみが対象となるので、前項の5選手を中心に調べてみると、アレクサンダー・カレリン(ロシア)が1988年ソウル五輪から2000年シドニー五輪準決勝まで61連勝をマークし、文句なしのトップ。吉田は2009年世界選手権で優勝して44連勝。最近は世界選手権の出場選手が多くなっており、1大会で5勝をマークするとして、2013年世界選手権(2012年に世界選手権があれば同大会)でカレリンの記録を抜くことになる。

 不参加だった1984年ロサンゼルス五輪を除いて8大会連続優勝しているセルゲイ・ベログラゾフ(ソ連)は、詳細な記録が残っていない年が3大会あり、推定になるが、「46連勝」をマークしている。五輪・世界で7年連続優勝しているマハーベック・ハダーチェフ(ソ連)は、1991年大会は予選で負けながら当時の勝ち点方式のルールで決勝に勝ち上がり優勝したもの。連勝記録は「32連勝」でストップ。

 伊調馨は2002年世界選手権から2008年北京五輪までの7度の大会で「32連勝」をマークした。ジョン・スミス(米国)は伊調より少ない6連覇だが、当時は2敗するまで戦う勝ち点方式で試合が行われており、選手数は今よりも少なくとも、1大会7試合こなして優勝というケースもあり、連勝記録は「38」まで伸びている。」

(注)大会には出場しなくとも、負けていなければ継続とみなす。なお、カレリンの連勝は、長い間、「62連勝」としてきましたが、再調査の結果、「61連勝」でした。


《五輪+世界選手権での連勝記録》
No. 選 手 名(国 名) 階   級 連 勝 数
アレクサンダー・カレリン(ロシア) グレコローマン130kg級 61連勝(1988〜2000年途中)
セルゲイ・ベログラゾフ(ソ連) フリースタイル57kg級ほか 46連勝(1980〜88年)=推定
吉田沙保里(日本) 女子55kg級 44連勝(2002〜継続中)
ジョン・スミス(米国) フリースタイル62kg級 38連勝(1987〜92年途中)
マハーベック・ハダーチェフ(ソ連) フリースタイル90kg級 32連勝(1986〜91年途中)=推定
伊調馨(日本) 女子63kg級 32連勝(2002〜継続中)

■メジャー国際大会(五輪+世界選手権+大陸選手権)優勝記録

 世界一に何度も輝く選手になると、大陸選手権までは出場しなくなるのが普通だが、例外はアレクサンダー・カレリン(ロシア)。世界一に輝いていた1988〜2000年の間、欧州選手権も負傷で欠場した1997年以外、毎年出場していた。メジャー国際大会の優勝は24度(五輪3度・世界選手権9度、大陸選手権12度)。13年間にわたっての記録だ。

 吉田沙保里も大陸選手には出場している方で、2002年のアジア大会で優勝して以来、6度の優勝がある。メジャー国際大会は合計で15度の優勝(五輪2度、世界選手権7度、大陸選手権・大会6度)。このあと2016年まで、毎年五輪と世界選手権の優勝を重ね、アジア選手権かアジア大会に2度優勝すれば、カレリンの記録に並ぶ。もちろんアジア選手権での優勝を重ねれば、2016年を待つことなく「メジャー国際大会25度優勝」の新記録が樹立される。

 五輪と世界選手権で10度優勝のアレクサンダー・メドベジ(ソ連)は、欧州選手権の優勝は3度にとどまっており、メジャー国際大会の優勝は「13度」。五輪・世界選手権9度優勝のブバイサ・サイキエフ(ロシア)は、欧州優勝は6度優勝なので「15度」。

 以下、五輪と世界を8度優勝、7度優勝している選手でも大陸選手権の優勝は少なく、吉田の「15度優勝」というのは現段階でカレリンに続く単独2位。

《メジャー国際大会(五輪・世界選手権・大陸選手権)優勝記録》
No. 選 手 名(国 名) 階  級 優勝回数 内  訳
アレクサンダー・カレリン(ロシア) グレコローマン120kg級 24度 五輪3・世界9・大陸12
吉田沙保里(日本) 女子55kg級 15度 五輪2・世界7・大陸6
ブバイサ・サイキエフ(ロシア) フリースタイル74kg級ほか 15度 五輪3・世界6・大陸6
バレンチン・ヨルダノフ(ブルガリア) フリースタイル52kg級 15度 五輪1・世界7・大陸7
ハムザ・イェルリカヤ(トルコ) グレコローマン84kg級ほか 13度 五輪2・世界4・大陸7
セルゲイ・ベログラゾフ(ソ連) フリースタイル57kg級ほか 13度 五輪2・世界6・大陸5
アレクサンダー・メドベジ(ソ連) フリースタイル・ヘビー級 13度 五輪3・世界7・大陸3
ニコライ・バルボシン(ソ連) グレコローマン100kg級 12度 五輪1・世界5・大陸6
アルセン・ファザエフ(ソ連) フリースタイル68kg級 12度 五輪3・世界5・大陸4
マハーベック・ハダーチェフ(ソ連) フリースタイル90kg級 12度 五輪2・世界5・大陸5

■メジャー国際大会(五輪+世界選手権+大陸選手権)連勝記録

 アレクサンダー・カレリン(ロシア)が13年間をかけて「113連勝」(五輪19連勝、世界42連勝、欧州52連勝)をマーク。吉田沙保里は現在、「65連勝」(五輪8連勝、世界36連勝、大陸21連勝)を継続中。このあと毎年世界選手権で優勝し、2年に1度はアジアの大会にも出場して勝ち続けたなら、2016年リオデジャネイロ五輪の時にはカレリンの記録を抜くことができる計算になるが…。

 メジャーで優勝し続けたセルゲイ・ベログラゾフ(ソ連)は「60連勝」(推定)、マハーベック・ハダーチェフ(ソ連)は「47連勝」。メジャー国際大会9大会すべてで優勝しているジョン・スミス(米国=ただしバルセロナ五輪で1敗を喫している)は「50連勝」(推定)。いずれも吉田の記録が上回っている。当時はソ連から1選手しか出られない時代で出場選手数は少なかったがゆえだろう。

 アルセン・ファザエフ(ソ連)、ブバイサ・サイキエフ(ロシア)、バレンチン・ヨルダノフ(ブルガリア)、ハムザ・イェルリカヤ(トルコ)といったメジャー国際大会を数多く優勝した選手は、いずれも途中で優勝を逃しており、連勝記録はそう多くはいっていない。


(注)大会には出場しなくとも、負けていなければ継続とみなす。なお、カレリンの連勝は、長い間、「114連勝」としてきましたが、再調査の結果、「113連勝」でした。

《メジャー国際大会(五輪+世界選手権+大陸選手権)での連勝記録》
No. 選 手 名(国 名) 階   級 連 勝 数
アレクサンダー・カレリン(ロシア) グレコローマン130kg級 113連勝(1988〜2000年途中)
吉田沙保里(日本) 女子55kg級 65連勝(2002〜継続中)
セルゲイ・ベログラゾフ(ソ連) フリースタイル57kg級ほか 60連勝(1980〜88年)=推定
ジョン・スミス(米国) フリースタイル62kg級 50連勝(1987〜92年途中)
バレリ・レザンセフ(ソ連) フリースタイル90kg級 50連勝(1970〜76年)

■個人戦の連勝記録

 アレクサンダー・カレリン(ロシア)は1987年ソ連選手権の決勝で負けたあと、2000年シドニー五輪の決勝で負けるまで13年近くにわたって国内外無敗とのことだが、連勝数は不明。ロシア内、ソ連内での大会のほか、若い時はメジャー以外の国際大会にも出場していたので、300連勝と推定できるが…。

 セルゲイ・ベログラゾフ(ソ連)は1980〜88年までメジャー国際大会で優勝を重ねた。本人の弁によると、この間、ソ連国内で2度負けているとのこと(1度はスパルタキアード大会)。また1983年に日本で行われたスーパーチャンピオンカップで金子博に敗れているので、国内外での連勝はそう多くはいっていないもよう。同時期に活躍したアルセン・ファザエフ(ソ連)は1989年世界選手権で本来より1階級上に出場して決勝で敗れるまで、約7年間無敗だったとのこと。年間20〜25試合闘ったとすれば、150連勝くらいはしていそう。

 吉田は現在、個人戦に限れば「130連勝」を継続中。格闘技選手の連勝記録ではっきりした記録が残っているのは、柔道の山下泰弘選手の7引き分けをはさむ「203連勝」。山下選手は、個人戦に限ると「145連勝」(1痛み分けをはさむ)で、吉田沙保里はあと1年くらいでこの記録に追いつきそう。

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