男子グレコローマン74kg級 菅太一(すが・たいち)


 【生年月日・年齢】1979年4月8日、27歳

 【出身】埼玉県、東京・京北高〜日大卒

 【所属】警視庁

 【身長】174cm

 【成績】父・芳松さん(自衛隊〜日本レスリング協会事務局)は1976年モントリオール五輪グレコローマン57kg級4位。その影響で4歳からレスリングに取り組み、全国少年選手権で5度優勝。

 中学では柔道に取り組んだが、高校で再びレスリングへ。97年に68kg級で全国高校選抜大会2位、インターハイ優勝、全国高校生グレコローマン選手権優勝、国体グレコローマン優勝の成績を残した。

 大学へ進み、98年にJOC杯ジュニア選手権グレコローマン76kg級で優勝し、全日本大学グレコローマン選手権76kg級に1年生王者に輝いた。他にも東日本学生秋季新人戦両スタイル76kg級で優勝。

 99年はJOC杯ジュニア選手権グレコローマン(以下同じ)76kg級を連覇し、世界ジュニア選手権へ出場。00年に76kg級で学生二冠王に輝いたあと、全日本選手権で初優勝した。01年は東アジア大会2位、アジア選手権優勝と国際舞台でも実績を残し(ともに76kg級)、世界選手権へも出場した。

 階級区分変更により、02年からは74kg級でシドニー五輪69kg級銀メダルの永田克彦と競合。この壁を破れず日本代表から遠ざかったりもしたが、03年全日本選手権で優勝。しかし04年4月の明治乳業杯全日本選抜選手権で勝てず、アテネ五輪出場はあと一歩で逃した。

 その後、04年全日本選手権2位、05年全日本選抜選手権2位、全日本選手権2位と“あと一歩”が続いたが、06年アジア選手権出場の機会を得たあと、06年全日本選抜選手権で勝って、5年ぶりの世界選手権出場を決めた。



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【2006年】

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【2005年】

 ★3月16日: 【特集】支えは失意を乗り越えて五輪出場を果たした父…男子グレコ74kg級・菅太一(警視庁)



2001年(ギリシャ)   予選1回戦 [6−5] Tano Proshenski(ブルガリア)
  (76kg級)   予選2回戦   BYE
      予選3回戦 [TF2:04=0-11] Marko Yli-Hannuksela (フィンランド)
 【2005年】
3月 ポーランド・オープン 3位 1回戦 [2−0] Andrei Afanasiev(ラトビア)
  (74kg級)   2回戦 [2−1] Marcin Panasiuk(ポーランド)
      3回戦 [2−1] T.C.Dantzler(米国) 
      準決勝 [1−2] Max Schwindt(ドイツ)
      3位決定戦 [F2:16] Bolat Abdulayev(ウクライナ)
         
 【2006年】      
4月 アジア選手権(74kg級)   1回戦 [0−2] Hee Bok Kang(韓国)
8月 ピトラシンスキ国際大会(74kg級   1回戦 [1−2] Alain Hassli(フランス) 
※2005年から2分×3ピリオド制にルール変更。結果はピリオドスコアを明記。


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